男の嫉妬(?)


「君は隅田川に消えたのか ー藤牧義夫と版画の虚実ー」駒村吉重講談社
現実は小説より奇なり。っていうんじゃないなあ。現実は小説を凌駕しているっていうか。
奇っ怪で不可解な藤牧義夫の半生。
「新版画集団」のリーダーで藤牧の画友。のちには版画史家、創作版画収蔵家として知られる版画美術界の御大小野忠重
その小野によって作られた夭折の版画家藤牧像を細部まで検証し反証していくかんらん舎のオーナー大谷芳久。
マルクス主義から転向し、大陸で工作員となった慧眼の「気まぐれ美術館」の洲之内徹
登場人物からもうまるでミステリー小説。
“ワトソン君、見たまえ。この絵は、運筆のまずさ、不均衡な構図、文字のバランスの悪さ、不自然な文面などから、藤牧のものとはみとめられないよ。犯人はおそらく、昭和5年作の捏造藤牧作品群のうそをおおうために目録をつくり、その目録のためにこの〈小野氏の像〉を描く、描いた肉筆画にお墨付きをあたえるために、近代版画の全集に掲載したんではないだろうか。”
気の遠くなるような小さな事実をあつめてひとつずつ絡まった謎をときほぐし、藤牧史を改編していく。
それにしても(限りなく灰色の)小野忠重は何を抱えて死んだのだろう。
そこは最後まで謎、謎、謎。
近代版画の黎明期、混沌とした中からまるで振興プロレス団体のようにグループが泡のように生まれ消えていく。
裏切りや嫉妬とか政治的駆け引きにくるまれて。版画のもつ宿痾。
この本って、けっこうかなりの問題作なんじゃないんデスカ?