ファイアズ


レイモンド・カーヴァーの父親をめぐるエッセイで、父は若い頃ノコギリの目立て職人として生計を立て、なおかつ親族の中で唯一成功したので親類、友人を呼び寄せ暮らしたというくだりがあって、へぇ、って思った。ちょっとそういう職業があるっていうのが想像していなかったから。それは一族を一時期養えるほど(呼び寄せた当初は皆無一文だったろうから)、戦争が始まっても兵役猶予をされるほどというから、よっぽどだったんだろうと思う。その後、まるでツキが落ちたように父親は急激に落ちぶれ、アルコール中毒、精神衰弱になっていくのだけれど、その一時期、意気揚々と仕事する仕草、自尊心が満たされた幸福な姿が悲しいくらいありありと心に浮かぶ。何故か自分は、艱難辛苦のすえに成功をおさめ故郷に錦を飾ったという話よりうらびれさびれていくどうしようもない話に感情が移入する。