乖離


もう随分昔、20代始め頃に読んだ浦沢直樹20世紀少年」で忘れられないシーンがあって、それはまだ物語の冒頭部分、新興宗教教主「トモダチ」のショーに来たケンジが舞台袖から「トモダチ」をワイヤーで吊り上げイカサマ空中浮遊のアシストをするスタッフと対面するところ。その彼は客席を眺めながら「こんな見え透いた子供騙しのトリックで信者達は感動するんだぜ」と嘲笑しながらワイヤーを巻き上げる。「トモダチ」が宙に浮かぶと、おお、と満員の客席は皆感動するが、なぜか当の巻き上げた本人までが(片手は巻上げ機のハンドルを握りしめたまま)一緒になって「す、凄い…。本当に浮いている…。」って茫然自失している。その「健忘」というか「解離」が実にリアルで、主体を棚上げするというか横滑りさせるというか、自分と完全に切り離し処理して煩悶や葛藤をすっ飛ばし反射するだけの動物的人間感性の狡猾さ、薄気味悪さをあぶり出していて印象に残っている。
その後、色々冒険譚が繰り広げられ、その状況設定も今となっては別種のリアリティーがあって、またいつか読み直してみたい。