狐狸庵


予約したホテルがなかなか見つからない。スマートフォンの言う通りに歩いているのに。30分ばかり同じところをぐるぐるしていてようやく気がついた。何度もその前を通ったにもかかわらず廃屋と思っていスルーしていた真っ暗な建物にホテルの名前が書いてある。げぇって思ったが予約してるからしょうがない、雨も降り始めたし、埃のかぶったガラスドアをあけて中に入る。天井は一部抜けていてエレベーター傍の階段にはガラ袋が積み重ねてある。
上昇しているのか下降しているのか分からなくなるほどゆっくりガタガタすすむエレベーターは訪れる者を拒むかのように壁紙がはがれ落ちている。
フロントには誰もおらず、チーンとチャイムを鳴らしてしばらくすると奥から痩身男性が静かに現れる。
通された部屋にはテレビもなく、また他に宿泊客はいないようで建物中が深閑としていて車の通り過ぎる音や、救急車のサイレン、降り続ける雨の音がやたら大きく聞こえる。寒いほど孤独になり、絶望的に眠る。
翌朝チェックアウトにいくとフロントには人はおらず、鍵を置いてそのまま出る。
エレベーターは気味が悪いので階段で降りようとすると下の階は工事中、というより無。改装しようとしたものの資金繰りがうまくいかず、未払い賃金のため業者は逃散、資金の目処がつくまでそのまま放置してもう数年はたつという感じ。窓、壁の一部はなくなり雨風が直に吹き込んでいる。
ああ、美味い美味いと酒を飲み飯を喰らって美女と乳繰り合いっているうちに眠りに落ち、ふと目が醒めてみるとそこはひとり裸で寂しい草むら、たらふく飲み食いしたものは馬の糞や小便、狐か狸に化かされたなんていう昔話があったけど、ほんとうに自分はホテルに泊まったのだろうか?ひとり酔っ払ってふらふらと廃墟ビルの一室に入り込んで一夜を明かしただけなのではないだろうか?