島へ


母親と船に乗って島へ行く。石を拾い、貝を集め、切り立った磯を這いつくばって登って下りて、拾った野球ボールで公衆便所の壁に向けて一人キャッチボールをして、ああ楽しかった、堪能したよと思って時計を見てもまだ着いて二時間。帰りの便まであとまだ三時間ある。島の時間はゆっくりとすすんでいく。母親と釣り人を眺めてみるが誰も釣れない。面白くなさそうに時折思い出したように柄杓で撒き餌を投げる。母親が言う。山の上には灯台があるらしいよ。ではいっちょう見に行くかって、そこへ行く道も知らないまま、山の頂へ続きそうなけもの道みたいところを行く。木の棒を降り降り、薮や蜘蛛の巣を払いながら、倒木をくぐりまたぎ進んでいく。ときおり朽ち果てた家屋や田畑の名残の空き地があって、ここは夢の跡。囲繞する植物群は次第に竹林に変わり、とたん、風が吹き通り火照った体に心地良い。ふと足元には筍が切って山になっている。ひとつ手にとってみればずっしり重く、樹液がしたたりおちるほど新鮮な感じ、切りたてホヤホヤまだ地熱が残っている感じ。息をひそめ辺りの様子を伺うが人の気配はない。というより登ってきた道はもう数ヶ月人が歩いた形跡はなかった。天狗?って思うと急に怖くなり寒くなり、来た道を息もしないで走り降りる。麓では母親が笑ってこっちを見ている。帰りの船は島の小学生も乗ってくる。ここの学校は、いじめなどで不登校になった子供達向けのフリースクールだそうで、毎日、船で登下校する。先生が船着き場まで見送りに来て、ジェスチャーで「あっち向いてホイ」をガラス越しにしている。いじめに耐え心を殺しながら本土の学校へ行く(行かせる)よりこの小島に通う選択は圧倒的に正しい。