深いため息


高橋和巳邪宗門
戦前、戦中、戦後の新興宗教「ひのもと教会」の興亡を描く大河小説。教団に対する国家による弾圧も剥き出しの憎悪や暴力も戦慄を覚えるが、それを読む今日では別種のリアリティーを感じざるを得ない。これが少し前なら遠い昔の物語として受け止められたものだなぁとしみじみする。
カリスマ指導者が不在になった中での集団内部での分裂、裏切り、瓦解。宗教にかかわらず、ある運動が起こったとして、その渦中にはたくさんの思惑があり理想がありイデオロギーがあり言葉の解釈の相違があり、それをかろうじて政治的紐帯繋ぎ止めているに他ならず、そこにほんの少しメスを入れるだけでいとも簡単に弾け飛ぶ。烏合の衆と化す。
そしてそれを弾圧する側はいつも熟知している。切り崩し方は胸がむかつくほど見事としか言いようがない。メデイアを駆使し圧力を高め、資金源を押さえて兵糧攻めにした上、指導者および幹部を別件逮捕し、末端の信者と分断させる。幹部らは獄中で転向したと吹聴し、動揺させ相互不信を抱かせ不安を増幅させてから懐柔していく。
多分、木から下りて集団生活を始めた時から政治は始まり、敵対する陣営への切り崩し内部工作は戦いの定石なんだろう。
それにしても、悲しいかないつの時代も名もなき庶民は翻弄され蹂躙され敗北し続ける。
ところで高橋和巳って初めて読んだけど、文が硬質というか静謐というか凛としているというか、こう何か霧もやの中、枯れた葦の生えた川べりにシロサギが一匹じっとしていて、突然、そのしじまを破って「カーン」と鳴くような感じ(?)、奥深い山の滝がドーと流れ続けてそのうち音が吸収されて辺りにポッカリ穴が空いた感じ(?)
中国文学研究者でもあったそうだから言葉の端々に漢詩のふくよかな余韻が生きているとでもいうような。