静かな残忍さ


高橋和巳 「我が心はいしにあらず」
主人公進藤は町の奨学金を得て大学を出たエリート。奨学金を得るのは毎年一人で、学業を終えたのちには町に戻って就職し経済的文化的発展に貢献する条件が定められている。
進藤は、会社の労働運動の幹部としても愛人に対しても鼻に付くほどの上昇志向があるけれども、おそらくそういう政治の時代だったんだかと思う。あるいは「特攻帰り」という経験が駆動させているのだろうか。なんとなくそっちのような気がする(溺れ破滅していくから)。
エピソードとして挟んだ、戦地に赴く前に妹と神社でキスをしたというくだり、配給で貰った砂糖を妹の留守の間に全て舐め尽くしてしまい、帰って気付いた妹は泣きながらずっと胸を叩き続けたのが、どこか物語の中で遊離していて(だからこそ余計に)物悲しい。