一触即発


製作中は、よく音楽をくりかえし聴いていて、それが何となくその展覧会のテーマソングのような感じになっていて、もしかするとそのグルーヴ感によって絵が誘導、牽引されていくようなこともあるのかもしれないけれども、集中して制作している時はそれらは身体の内側で感受するような、奥底で共振、共鳴、増幅するような感じ、移動の電車の中で外の風景を眺めながら聞くのや家で酒飲みながらのんべんだらりと聞くのとは別な入射角度というか。
で、今、繰り返し聞いているのはバンド「村八分」。バンド名も剣呑なのだけれども、歌詞も放送禁止用語の「めくら」だ「かたわ」だ穏やかでなく、ライブ盤のオープニングではいきなり客に向けて「うるせぇ!」とか「客のレベルが低い!」とか殺気だってる。歌というよりもアジテーションというか演説というか。けど、表現ってテクニックやマーケティングや処世術じゃなくこういう発火するような衝動、行動せざるを得ないオブセッションというか狂気なんだろうな、と思う。「村八分」を知ったのは20才の頃読んだ中島らものエッセイかなんかで、今、彼が生きていたらこの時代についてどんな言葉を放ってくれるだろうと合わせて思う。